化石になってしまった絶滅動物の性別を知る事はできるのでしょうか。この問題に沢山の古生物学者が挑み、一定の成果が挙げられています。今回のお話はちょっとお子様には難しい話かもしれないですね。
まず、性的二型という言葉をご存じでしょうか。これは動物のオスとメスで形が違ったり色が異なったり、体型が違う事を指す言葉です。ヒトを含む哺乳類の場合、大体オスの方がメスより骨太でガッチリしていて、角を持つシカやウシなんかだとオスの方が立派であるという傾向があります。これは、哺乳類の多くがボス争いで勝利したオスが群れを率いる事に起因すると考えられます。オスは他のオスとボスの座を賭けて争い、勝利して群れを外敵から守らなくてはなりません。この為、必然的にメスよりも大きくなるという訳です。
対して鳥類では繁殖期のみしかパートナーと会わなかったり、1度伴侶となると生涯相手を替えない種類が多いです。特に猛禽類ではメスの方がオスよりも大きい事が知られています。これは、メスの方が産卵を行なう以上、オスよりも多くのエネルギーを消費するので、オスが群れを引率する哺乳類とは違い、メスの方が大きいのだと考えられています。
では恐竜ではどうだったのでしょうか。ブラックヒルズ地質学研究所のピーター・ラーソン博士はティラノサウルスの性別の包括的な研究を発表していますが、これには様々な肉食恐竜から得られた沢山の知識が役にたったそうです。
まずは南アフリカで発見されたジュラ紀前期の小型肉食恐竜のメガプノサウルス(旧名シンタルスス)の例を見てみましょう。メガプノサウルスは群れで発見されました。この恐竜の研究を行なった古生物学者マイケル・ラース博士は、この中に骨格ががっしりしているタイプときゃしゃなタイプがある事に気付きます。そして、きゃしゃなタイプよりがっしりしたタイプの方が数が多く、また子供の化石も沢山含まれていました。ここから考えられる事は、子供が沢山いる=数が多いがっしりタイプが母親という図式です。
メガプノサウルスに近縁なコエロフィシスの生体復元模型。次にデンバー自然科学博物館のケン・カーペンター博士の説を見てみましょう。カーペンター博士はモンゴルで発見されているティラノサウルスに極めて近縁なタルボサウルを観察し、がっしり型ときゃしゃ型の2タイプを認め、特に上腕骨と骨盤に差がある事を発見しました。そして骨盤の差に注目します。がっしり型の骨盤は深く幅が広いという特徴があり、これは産卵の時に卵が通る為と考えました。即ちがっしり型=メスと結論したのです。
一方、ティラノサウルスの頭骨をつぶさに研究したのが北アリゾナ博物館のラルフ・モルナー博士です。モルナー博士はティラノサウルの眼窩の上に骨質のコブがあり、それは性差を示すと考えました。ただ、モルナー博士は頭骨のみの比較をしているので、がっしり型ときゃしゃ型のどちらがオスか、という結論はしていません。コブが大きい方が目立つのでオスかもしれないというに留めたようです(ラーソン博士の研究ではコブが大きい方ががっしり型との事)。
オーストラリアのクィーンズランド大学のトニー・サルボーン博士はアロサウルスの上顎の骨に着目し、がっしり型ときゃしゃ型で差がある事を報告しています。がっしり型の方がより大きな獲物を捕らえる事ができたかもしれないとサルボーン博士は考えました。それはつまり、大きな獲物を倒せる=より栄養が必要=卵を産むメスという可能性が高いと指摘しています。
アロサウルスの頭骨。こういった知識を下敷きにピーター・ラーソン博士はティラノサウルスの性別を考察しました。中でも重要な根拠とされたのが、ドイツのカールスルーエ自然史博物館のエバーハルト・フライ博士のワニの研究です。フライ博士によると、ワニの骨格から雌雄を判断する方法として、尻尾に下側についている骨(血道弓)の長さと位置が重要だと言います。オスでは第1血道弓が2番目と3番目の尾椎の間にあり、メスはもっと後ろにあるそうです。またオスは第1血道弓と第2血道弓の長さが一緒ですが、メスは第1血道弓は第2血道弓の半分の長さです。これは、オスはペニスの格納筋が付着する為であり、メスは産道を確保する為であると考えられています。これをティラノサウルスに当てはめるとどうでしょう?
ティラノサウルスの腰から尻尾にかけて。血道弓は尻尾の下の骨。最も完全なティラノサウルスとされたスーは、まさしくがっしり型の代表の様なティラノサウルスでもありました。スーでは第1血道弓が第2・3尾椎よりも後ろにあるとされた為、やはりがっしり型がメスでファイナルアンサーか、と思われたのですが…スーが落札され展示の為に剖出が進むと第1血道弓が発見されてしまいました。ただ外れて元々の位置になかっただけだったのです。これで、スーはメスであると確信を持って言う事はできなくなってしまいました。
ただ、どうも血道弓の位置よりも長さの方が重要な様です。ロイヤルティレル博物館のフィリップ・カリー博士は中国の小型肉食恐竜(トロオドンの仲間)の研究を進めていましたが、これらの完全に関節した尻尾を見ると、第1血道弓が長いものと短いものがあり、短いものががっしり型だそうです。
こうして沢山の研究を見てくると、特に肉食恐竜(専門的には獣脚類)ではがっしりしている骨太のものがメスである可能性が高いと思われます。
愛称〈スタン〉と名付けられたティラノサウルスの想像図。オスとされている。最後に、確実にメスである証拠というものを紹介したいと思います。恐竜は鳥と極めて近縁である事の証拠の1つでもある話です(分岐分析的には鳥は恐竜)。
鳥は骨が中空になっています。骨の中央が空洞になっていて、これを骨髄腔と言います。産卵期になると、卵の殻を形成する為のカルシウムが必要になるので、鳥のメスは太ももの骨(大腿骨)等の骨髄腔にカルシウムを沈着させます。これを骨髄骨というそうです。この骨は産卵を控えたメスにしかできません。化石を切断して骨髄骨が発見されれば、それは産卵期のメスであることは確実です(ただし、産卵期に死んだものにしか適応できないので、なかったからオスとは言えません)。あるティラノサウルスの化石を用いてこの骨髄骨が発見されましたが、その個体ががっしり型だったのかきゃしゃ型だったのかは不明です。
一つ、この骨髄骨を用いた雌雄の判定で判明した面白い話があります。モンゴルで卵を抱いた格好で化石化した恐竜にシチパチというオヴィラプトル類がいます。産卵直後なので、骨髄骨がまだ残っているだろうと考えられたのですが、この個体には骨髄骨が形成された痕跡すらなかったことからオスである事が判明しました。抱卵していたのはオスだったのです。
参考文献:「大恐竜 T・レックス新発見」 ジョン・R・ホーナー/ドン・レッセム著 二見書房、「Sue スー 史上最大のティラノサウルス発掘」 ピーター・ラーソン/クリスティン・ドナン著、Dino Press Vol.4 オーロラ・オーバル社、「恐竜博2005-恐竜から鳥への進化」図録、「恐竜博2011」図録
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