幻獣の名を冠する恐竜シリーズ17 キチパチ(1)
- 2015/10/11
- 23:38

キチパチの想像図。現生のツカツクリを参考に。
キチパチ(Citipati osmolskae 日本語表記としては、キティパティ、シチパチ、シティパティ、チティパティなどかなり揺れがあります。ここではウィキペディアの表記に従ってキチパチとします。)は、モンゴルで行われたアメリカ自然史博物館の調査により、1995年にウハトルゴドのジャドフタ層(正確な年代は不明ですが、およそ8000万年前、サントン期後期~カンパン期前期と考えられています。同じ層からはヴェロキラプトル、プロトケラトプスなどが発見されます。)から発見されたオヴィラプトル類で、2001年にジェームズ・M・クラーク博士、マーク・ノレル博士、リンチェン・バルスボルド博士によって記載されました。
この遠征隊は、有名なロイ・チャップマン・アンドリュース博士率いるゴビ遠征隊以来、約60年ぶりにアメリカの調査隊が入った調査です。ところで、アンドリュース博士はアメリカの古生物学者の間では若干評判が宜しくないそうです。彼は古生物学の専門家ではなかった為、貴重な化石を大分破損させてしまったとか。現在でも化石を掘り出す際に破損させてしまう事をアンドリュース博士の頭文字を取って「RCAする」と言うとか。
キチパチのホロタイプIGM 100/978は、卵を抱いた姿勢で化石になっていました。卵の中にはオヴィラプトル類の赤ちゃんの化石があり、卵を抱いていた事がわかりました。”オヴィラプトル_Oviraptor”という名前が冤罪によるものと判明したのです。
※オヴィラプトルとは「卵泥棒」という意味で、発見当初、プロトケラトプスの(と思われていた)卵に手を伸ばした様な姿勢で化石になっていた事に因んで命名されました。

2011年に科博で開催された「恐竜博2011」で展示されたキチパチの産状化石レプリカ。
科博のリニューアルに際して、全身骨格が展示されたそうですが、まだ見てません。
キチパチの発見前にもオヴィラプトルは実は卵泥棒ではないという意見もあったそうです。リンチェン・バルスボルド博士はオヴィラプトル類の前後に短く上下に高い頭骨は貝を食べる為に進化したのではないかと推測していました。また、中国とカナダが合同で行った遠征CCDPの時もオヴィラプトル類が卵に手を伸ばした状態の化石が発見されていますが、この時点で発見されていたオヴィラプトルは6体であり、そのうち犯行現場が化石になったのが2ケース。あまりにも確率が高すぎて不自然であるとフィリップ・カリー博士と董枝明博士は考えました。また、卵の表面に沢山の細かなシワが見られる点から、卵自体が獣脚類のものであると考えられました。それらを総合的に見た場合、蓋然性の高い説として、その卵がオヴィラプトル自身のものであった為、死んでしまう様な状況下にあっても逃げ出さずに抱卵を継続していたとカリー博士と董博士は結論しています。
キチパチの化石はこれまでに4体分の化石が見つかっているそうで、特徴としては高いトサカが挙げられます。オスモルスカエ種では、トサカの前縁がほぼ垂直である事で他のオヴィラプトル類と区別されます。また、キチパチにはもう1種あるとされています。元来オヴィラプトル・フィロケラトプスとされていた標本IGM 100/42は実はキチパチ属であり、C.オスモルスカエとはクチバシの前縁の形状が異なる、体格が大きい等の差がある様です。C.オスモルスカエでは体長2.5m、IGM 100/42では3m程になったそうで、ギガントラプトルを除くと、オヴィラプトル類の中ではかなり大きい部類らしいです。
キチパチの発見により、オヴィラプトル類の生態についてかなり知見が増えました。まず、卵を抱いていたのがオスであった事。獣脚類のメスは鳥と同じく、身籠った際に大腿骨の骨髄腔にカルシウムを沈着させます(骨髄骨という)ので、妊娠中あるいは産卵直後の個体なら骨を切ってみれば雌雄が分かるそうです。抱卵していた個体の大腿骨を確認したところ、骨髄骨を形成した痕跡がなく、オスであった事が判明しました。キチパチはイクメンだった様です。あるいは、現生の鳥に見られる様に、オスとメスが交代で抱卵するなどの社会的行動を取っていたのかもしれません。
卵の並び方は、成体の両脇にあり、腹の下には無かったそうです。これは、腕に羽毛がないと卵がむき出しになってしまう為、羽毛の痕跡は見つかっていないものの、羽毛が生えていた事を間接的に示すと考えられます。あるいは、卵を抱くには体が大きいので、羽毛で直射日光を遮っていたのかもしれません。
また、巣の中からビロノサウルスというトロオドン類の子供の化石が2つ見つかっています。これについては以下の様に考えられます。
① ビロノサウルスの子供が卵を狙って巣にやってきたが、何らかの理由でそこで死んでしまい、一緒に化石化した。
② キチパチが生まれてくる子供の餌として用意していた。ただしオヴィラプトル類の食性は良くわかっていない。
③ トロオドン類に、現生のカッコウの様な托卵の習性があった。
順当に考えると②の可能性が高いと思われますが、③の可能性はとても面白いですね。とは言え、その真相を突き止める事はクローンでも造らないかぎり不可能なのが残念です。
参考文献:「覇者・恐竜の進化戦略」金子隆一著 ハヤカワ文庫、「別冊日経サイエンス 地球を支配した恐竜と巨大生物たち」日経サイエンス編集部 編 日経サイエンス社、「THE PRINCETON FIELD GUIDE TO DINOSAURS」Gregory S. Paul Princeton University Press、「恐竜博2011」図録、「大恐竜展 ゴビ砂漠の驚異」図録、Wikipedia「キチパチ」
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