スティギモロク・スピニファー (
Stygimoloch spinifer ) は1980年代にモンタナ州のヘル・クリーク累層から発見された堅頭竜類で、模式標本UCMP 119433(カルフォルニア大学バークレー校古生物学博物館所蔵)は頭蓋骨後部の一団のコブに基づきます。スティギモロクでは、それらのコブのうち、1つが長く伸びて13cm程のトゲ(スパイク)になっており、他のコブも短めのトゲになっていました。当時、その様な形態の堅頭竜類は他に知られていなかった為、1983年にピーター・ガルトン博士、ハンス・ディーター・ズース博士により新属新種として記載されました。

スティギモロクの名前はギリシャ神話に登場する「ステュクス川」と、古代の中東で崇拝され旧約聖書では悪魔とされた「モロク」から取られています。ステュクス川はギリシャ神話における冥界を7重に取り巻く川とされ、あの世とこの世を分ける川だそうで、日本の図鑑等でよく「三途の川」と訳されます。これは発見された地層がヘル・クリーク=地獄の川の意である事に因みます。また、数いる悪魔の中でもモロクの名が採用された理由としては、モロクトカゲというトゲだらけのトカゲがおり、そこから拝借されたようです。種小名は「トゲのある」の意だそうです。意訳すると、「トゲのある三途の川より来た悪魔」とか、そんな感じらしいです。
同じくヘル・クリーク累層から発見され、1987年に記載された堅頭竜類にステノトルス・コーレロルム( Stenotholus kohlerorum )という恐竜がいます。この堅頭竜類はドームに基づいて記載されました。しかし、論文が出た直後、ステノトルスと同じ形状のドームと、スティギモロクと同じスパイクを持つ頭骨が発見されてしまい、両者が同じ動物であった事が判明。ステノトルスの名は、あえなく無効名となってしまいました。
スティギモロクの後頭部のスパイク+コブは、張り出した鱗状骨が棚の様になった部分を土台として発達していますが、堅頭竜類の代表、パキケファロサウルス( Pachycephalosaurus wyomingensis )では鱗状骨はドームと一体化してしまっているそうです。また、スティギモロクのドームは比較的小さくて左右の幅が狭く、洋ナシの様な形をしているそうです(上から見た時?)。これらの点でパキケファロサウルスとは異なると言います。
が、1994年の6月にサウスダコタ州のヘル・クリーク累層で新たな堅頭竜類の化石が発見された事で事情が変わってきます。後に”サンディ”の愛称を付けられ、現在では上野の国立科学博物館で展示されている標本ですが、これは吻部がパキケファロサウルスに一致し、後頭部にはスティギモロクそっくりのスパイクを具えていました。この為、スティギモロクはパキケファロサウルスと同じ恐竜なんじゃないか、という疑惑が出てきます。パキケファロサウルスの方がスティギモロクよりも古くに命名されていますので、もしも同じ恐竜であったなら、パキケファロサウルスの方に優先権がある事になります。

国立科学博物館で展示されているサンディ。発見された実物化石が組み込まれています。
発見されていない部分は白くなっているので、一目でわかりますね。案外、発見された部位が少ないんですね。
2009年にジョン・ホーナー博士、マーク・グッドウィン博士の研究が発表され、スティギモロクはパキケファロサウルスの亜成体であるとされました。この研究ではドラコレックス(
Dracorex hogwartsia )がパキケファロサウルスの幼体であるとされています。パキケファロサウルスは成体の50%のサイズになるまでドームが発達せず、その後急速にドームが形成されると結論されています。その証拠としてスティギモロクが成長しきっていない事、パキケファロサウルスのドームが高密度なのに対してスティギモロクのドームは内部がスポンジ状で密度が低い事が挙げられています。また、鼻先のトゲや後頭部のトゲ、コブが、ドラコレックス、スティギモロク、パキケファロサウルスで同じ位置のものである事も3種が同一種である根拠の1つだそうです。

「恐竜の成長」展より。左からパキケファロサウルス、スティギモロク、ドラコレックス。
しかし最も有名なティラノサウルス「スー」の発見場所からわずか6mの所で1999年に『トゲがなく、かつドームを持たない堅頭竜類の化石』が発見されているそうです。もしかするとコッチがパキケファロサウルスの幼体であり、やはりスティギモロクはパキケファロサウルスとは別の動物であると考えている研究者もいる様です。なので、一応、別種であるとの認識で記事にしました。
参考文献:「恐竜学最前線1、8、11」学研、「Dino Press Vol.4」オーロラ・オーバル社、「ポケット図鑑 恐竜」工藤晃司著 成美堂出版、「恐竜の成長」図録
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